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プロスペクト理論①【参照点】:スマホに10万出せる人が、外食で100円をケチるのはなぜか:ノーベル賞に輝く行動経済学の中核


ノーベル賞に輝く行動経済学の中核、プロスペクト理論1「参照点」【行動経済学11】





行動経済学の中核になる、プロスペクト理論

行動経済学も、いよいよその中核理論に入っていきたいと思います。ここまで話をしてきたことも全部大切なことなんですけれども、行動経済学といったときに、絶対に外せない、その中核理論になってくるのがプロスペクト理論という概念です。


この概念は、ノーベル経済学賞に輝くものであり、そして行動経済学という領域の始まりとなるものとして知られています。実際、それだけの前進のある理論です。これをしっかり学ぶだけで、皆さんは、かなり経済現象の見通しが本当に良くなる。ぜひ、学んでおいていただきたいな、と思います。


プロスペクト理論はいくつかの内容から成り立っていますので、3回に分けて説明していこうと思います。今回は、そのプロスペクト理論でも入り口となる重要概念、参照点(リファレンスポイント)というものを解説したいと思います。


プロスペクト理論とは


まず、このプロスペクト理論って何なのか?という話です。これは、人間が、不確実性下で損得にかかわる意思決定をするときに、どういうふうに判断をしているのか、に関する理論です。


人間のリアルな心理の意思決定を明らかにしたということで、プロスペクト理論はノーベル経済学賞に輝くんですけども、その2人の学者の名前は知っておいてもよいかもしれません。トヴァスキー(Tversky)さんと、カーネマン(Kahneman)さん。この人たちが様々な人間のリアルな心理を使った数学モデルを作り、それを実験によって明らかにしたことによって、プロスペクト理論はひとまずの完成を迎え、これが行動経済学のスタート地点なんです。


なるほど、面白い心理があるんだなと、ここから発展していって、いろんな複雑な心理現象を読み解いていき、今の行動経済学ができあがっています。というわけで、まさに行動経済学の一番中心部分になってくるものっていうのが、このプロスペクト理論です。


人間は、不確実な何かが起こるかわからないような状況で、意思決定をします。実際に、蓋を開けてみるまでは変わらないという状況で意思決定をするときに、私達は一体こころの中でどういう判断をしているのか。


トヴァスキーとカーネマンは、これを3ステップからなるような、人間の意思決定のモデルだと、いうふうに分析をしています。



第1ステップとしては、前処理。人間は判断をするにあたって、まずその前段階で、自分なりにパパッと簡単に計算を立てて、おそらくこんなもんかなというような、損得勘定の基準をつくる。この基準の事を、参照点(リファレンスポイント)と言います


そして、次のステップが評価。先ほど作った参照点に基づいて、それよりもプラスになる場合、マイナスになる場合が、どれくらいの確率で、そのプラス・マイナスに対して自分はどういう価値判断をするかを、パパッと計算するわけです。


最後が決定(行動)です。ここまでの頭の中での損得計算に基づき、リスク・リターンを念頭に、行動を決めるのです。


全3回でプロスペクト理論を説明すると言いましたが、まさにこの3ステップを順に紐解いていきたいと思います。安心していただきたいのは、それぞれの回で、しっかりビジネスの学びがある、ということです!前処理を学んだだけでも、皆さんはビジネスレベルを上げることができます!


前処理【リファレンスポイント】



では、前処理では、どういうふうに私達は参照点(リファレンスポイント)をつくるのか。先ほどから言ってるこのリファレンスポイントって何なのかというと、私なりの表現を使うと、「自分なりの相場感」とか、「腹づもり」「ざっくりした見積」そんな感じのものです。


あなたの心の中で、いま目の前にしている商品・サービスとか、これから行う事業などについて、大体これくらいの金額かな、大体こういう価値を得られるかな、という腹づもりをするんです。これは人間として避けがたい感情で、どうしたって皆さんは将来のことについて、こんなもんちゃうかなっていうような、見立てをするわけですね。この見立てが参照点、リファレンスポイントです。


そして結局、実際に起こった結果が、そのリファレンスポイントよりも上だと、ハッピーだし、下だと悲しくなる。なんのこっちゃだと思うので、実際に皆さんの頭の中に再現してみせます。今から、私が話すことを、皆さんイメージをしてみてください。


評価 ~リファレンスポイント~【参照点】



あなたは、とても仲がいい友達が、新築1軒家を建てたというので、新築祝いも兼ねながら、1日がかりで引っ越しのお手伝いに行くことにしました。


とても仲の良い友人なんですけども、電車で30分ぐらいかけて、友達の家に行きまして、そこに運び込まれるダンボールを、ここの部屋、そこの部屋、というふうに動かし、大物家電、冷蔵庫や洗濯機を動かしたり、テレビの設置なんかも手伝って、回線を繋いだりなんかもする。家具なんかも、お皿とか食器なんかも、棚に片付けてあげて、お友達からとっても感謝された。


で、一日8時間くらい、みっちり手伝って、最後に友達から「今日は本当にどうもありがとう、これ、少ないけどもお礼ね」と言ってお金の入った封筒を渡されました。自分としては、そんなつもりでやったんじゃない、気持ちだけもらっておくわ、とは言いますが、友達からのこの心遣いはとても嬉しいですね。


さて、電車で30分かけて家に帰って「今日は疲れたな。お友達、包んでくれて嬉しいな。幾らだったのかな」と、封筒を開けてみる。


中に入っていたのは…



1万円。


…さあ皆さん、どう感じたでしょうか?


1万円ももらって嬉しいハッピーだな、という人もいれば、うっそ1万円しか入れてくれないの、と思った方もいらっしゃるんじゃないかと思います。

…多くの方は、1万円しか入れてくれなかったのか、ではないですか笑?


これがリファレンスポイント、参照点というものなんです。


私が、今話したシチュエーションというのを、ありありとイメージできていればできてるほど、皆さんの心の中には、1日こんだけ頑張ったんだから、こんくらいは包んでくれてるんじゃないかな、という期待の感情があったのではないでしょうか。ぜんぜん下世話ではなくて、皆さんの、避けがたい感情として。どうしたって、最後に封筒を、うやうやしくもらってしまったら、イメージができてしまうんですね。


いや、自分は1日頑張った。引越し業者に頼んだら数十万円のところを、無料で済ましたんだから、そら10万円か、5万円ぐらい包んでくれてるよな、なんていうふうに。


皆さんのリファレンスポイントが仮に5万円くらいだったとしたならば、1万円もらって、がっくりのはずです。


逆に、いやもう完全ボランティアのつもりで、私は大好きな親友だったんだ。と、そういうイマジネーションを働かせた人であれば、もう、これに対価をもらうなんてとんでもない、1万円も包んでくれてうれしい、そう思ったはずです。


つまるところ、誠に、人間は勝手な生き物なんです。


旧来の経済学なら、1万円は1万円の価値なんです。1万円分、個人の効用がアップしている。


しかし、人間は、封筒をもらった瞬間に期待してしまう。

その自分の期待感―リファレンスポイントに照らして、それよりも上なら喜ぶし、リファレンスポイントよりも、もらった金額が下なら、心理的にはがっかりしてしまう


これが、プロスペクト理論が明らかにした、人間のリアルなのです。

参照点の力



今までの経済学では、1日の労働に対して、たとえば3万円が手に入ったとすれば、3万円分プラス。やってなかったら、ゼロだったわけですから、純増3万円というのは超ハッピーだということになる。ゼロを起点として、3万円も手に入ったと考える。


しかし、人間そうシンプルじゃないよね、と言ったのがプロスペクト理論。あなたは封筒を受け取った瞬間、今日1日こんな一生懸命頑張ったんだから、こんくらいもらってもいいはずだというのを、相場感、腹づもりを作ってしまうわけです。


この相場観よりも、上か下かで、まこと勝手ながら、めっちゃ嬉しくなったり、めっちゃガッカリしてしまったりするのが、リアルな人間だということ。従来経済学なら、純増3万円分の価値だと見るところ、行動経済学では、入ってきた3万円の心理的な価値は、場合によってはマイナスにもなりかねないのだということを、明らかにしたんです。


この参照点というものの力が、どれくらい強いか、もうすこし実感いただきましょう。


人はあらゆる局面で参照点をつくる



今から、料理の値段を、イメージしてみてもらいたいと思います。

ピザ。いろんな具材がのってる、こんな感じのピザ、美味しそうですね。いくらぐらいなんでしょうね?皆さん、腹づもりで、こんくらいの金額が妥当かな、というのを作ったと思います。


で、このピザが、「1000円です」と言われたならば、めっちゃ安いと思うはずです。


これは皆さんの経験上、これまで食べてきたピザが、大体2500円ぐらいするから。イタリア料理屋さんに行っても、2000円ぐらいはかかってしまうものなので、1000円って言われたら、「うっそ、めっちゃ安いやん」と思う。


このように皆さんは、過去の経験から、参照点をつくる。


次は、ラーメン。この写真のようなラーメンが、いくらくらいが妥当か。皆さん、また腹づもりできてきたんじゃないかと思います。で、値段が「1000円」といったら、まあ、それくらいかな、という感じでしょうか。あるいは、ちょっと高いなと思うんじゃないでしょうか。


これも皆さんの経験が成せる技で、ラーメン一杯って、700円から800円、高くて900円ぐらいだとすると、1000円という値段を見ると、ちょっと高いな、まあ都内なら普通かな、くらいでしょうか。過去の経験が、参照点をつくる。


そして最後三つ目、ハンバーガー。この写真のハンバーガーをみて、値段を推定する。そして、お値段が「1000円」と言われたら、おお、かなり高い品だな、と思うはずです。


さて、ここで考えてください。原価が一番高そうなのは、どれですか?


ビーフと、フレッシュ野菜が入った、ハンバーガーが実は一番高い。300円くらいかかる。次にラーメン。汁と麺のほかには具材がいくつか乗るだけで、おおよそ250円位でしょうか。そして、ピザが実は原価は一番安く、150円くらいで作れてしまいます。


ピザが圧倒的に安く、ハンバーガーが一番高い、原価の上ではそうなんですけれども、驚いたことに私達は、そんなことに関わりなく、過去の経験上からこの1000円という値段を見て、ピザは安い、ハンバーガーだとめっちゃ高い、というふうに思ってしまうんです。

これが参照点というものの力です。


参照点を操れ



私たちはもっぱらこの参照点に沿って、ものの価格を決めている。

スマホが10万円と言われれば、まあ、そんなもんだろうと思う。

そんな人でも、ラーメン1000円は高いなと思ってケチりたくなる。

すべては参照点のなせるわざ。スマホを節約したほうが遥かに効果は大きくとも、私たちは購買判断をもっぱら参照点に沿って行っているのです。


だとすればです。消費者にどのような参照点を持たせるのかが、まさにマーケティングとしての、技の見せ所なんです。


高級品を売っているお店というのは、もう見た目から高級店にする。おもてなしも、ばっちりやる。都心の一等地に立地する。そうして、いかにも、「これは高そうだ」という参照点を形成する。で、このブランドの時計は100万円、と言われても、まあそんなもんだろうと思うわけです。自動車のディーラーなども同様です。今、これを積極的に頑張っていらっしゃるのが、マツダさん。日本国内でも、世界でも、プレミアムブランドを目指して頑張っておられて、ディーラーからビジュアルを刷新し、サービスを刷新して、マツダさんってやっぱ高級感あるよな、という単価アップにチャレンジしている。そしてそれは、一定の成果をあげている。


逆に、参照点がいかにも低い、しょうもない雰囲気を見せてしまえば、人は絶対に数百万円も出さない。皆さんは、マーケティングを上手にやろうと思うなら、参照点を上手に操り、高くても妥当な雰囲気をこそ、作らなければいけないのです。


逆の手もあるんですよ。逆に、最初は、めちゃくちゃ参照点を下げておくことによって、予想外の驚きっていうのを演出することだって出来るんです。ハードルをめちゃくちゃ下げるわけですね。


例えば、食べ物屋さんで、ボロくて古くさそんな店構えなのに、いや、実はここ知る人ぞ知る名店で、めっちゃうまいんだというと、ちょっとうまいだけでも、「嘘、こんなにうまいの!?」となる。ボロくて古くさそうな店だからこそ、うまさが際立つのです。


これは人間でも同じ。声優なのにかわいいとか、お笑い芸人なのに役者として演技が上手いとか、逆に役者さんなのに笑いがわかってるとか、ちょっとしたそういうギャップを見せつけられるだけで、めちゃくちゃ素敵だと思ってしまうわけです。


参照点を、操っているんです。アイドルはかわいいものに決まってる。役者は演技が上手いにきまっている。だから、アイドルですって言うと、うーんと思ってしまったとしても、声優さんだと言えば、すごくかわいい!ということになる。


お堅いメーカーに、ツイッターだと対応がユーモアだというと、ちょっと面白いこと言うだけで、めっちゃくちゃバズるとか。あるいは、あの駄目駄目だった新入社員が、もう本当、感動すら見違えるようなプレゼンするように成りやがって、とか。


参照点が下がっているのも、意図的に使っていけば、自分に有利にものごとを進められるのです。


参照点の無い世界



あるいは、この参照点を作らせないっていうのも、一つの戦法です。


どうしたって、他のサービスと比較されると、その値段に引っ張られる。だから、比較対象のない価格体系にする。


うまくやった例がRIZAPさんです。2ヶ月で50万円という値段設定なんですけども、もう50万って、高いも安いもわかんないわけです。他のサービスは、大体数千円から数万円ぐらいの範囲内で、ダイエットができます。といった中で、ライザップは2ヶ月で50万円からです、絶対にしぇいぷあっぷできます、と言われたときに、もう誰も、安いも高いもわかんない。他と比べられない。


上手な戦略価格なんです。この値段にしたことによって、他の商品とはまるっきり違うんだということを示せた。カテゴリーの違う商品ということを、上手に演出した。見事なやり方です。


あるいは近年、サブスクリプション(サブスク)と呼ばれるものが流行っていますけども、これも参照点をぼやかすわざ。今まで売り切り・買い切りのビジネス、たとえばDVDだったら1枚いくらとかだったものが、月額990円と言われると、もう他のものと価格の比較が難しいんですね。


かくして、この参照点というものが、私達の日常の様々なシーンの意思決定で、とても効いてるということを、皆さんご理解いただけたはずです。


この参照点というものは、もちろんコンシューマー、消費者向けのビジネスでも、toBのビジネスカスタマーさんでも、必ずお持ちのもの。なので、果たしてどの辺に腹づもりがあるのかを探りながら、これを上手にコントロールするようなビジネスにするのが、上手な行動経済学を生かしたビジネスです。


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