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エフェクチュエーション【起業家の思考・行動様式の科学】経営学者が徹底解説!


書いた人

中川功一(APS学長/経営学者)

元大阪大学大学院経済学研究科准教授。「アカデミーの力を社会に」をモットーに、誰もが経営学の知に触れられる社会をつくるため、オンライン経営スクールAPSを創立。YouTube「中川先生のやさしいビジネス研究」でも経営学講義と時事解説を行っている。



エフェクチュエーションとは何か

エフェクチュエーションは、21世紀経営学の最大の前進のひとつと位置付けられる、大きな発見です。成功する起業家が、事業をどのようにとらえ、どのように行動しているのかを、厳密な科学的検証から明らかにしたものです。ですから、エフェクチュエーションとは何かを一言でいうなら「成功する起業家の思考・行動様式」です。


後段で説明しますが、その思考・行動様式は大きく5つの原則に分けることができます。

  1. 手中の鳥の原則(Bird-in-hand)

  2. 許容可能な損失の原則(Affordable loss)

  3. レモネードの原則(Lemonade)

  4. クレイジーキルトの原則(crazy-quilt)

  5. 飛行機のパイロットの原則(pilot-in-the-plane)


本記事では、この5つの原則について、後ほど詳細に説明をしていきますが、まずはその前段の議論から。実はこの前段こそが大切なので、すこしじっくり進みますね。


(YouTubeではエフェクチュエーション第一人者・吉田満梨先生の概要講義を公開中!)


コーゼーションとエフェクチュエーション

誤解を恐れず私なりにまとめれば、エフェクチュエーションの科学的な貢献は「ビジネスパーソンの優秀さには、2種類がある」ことを証明したことです。「あいつは仕事ができるやつだ」とは俗によく使われる言葉ですが、その優秀さには2種類があることは、あまり意識されていませんでした。


しかし、皆さんも薄々気がついていたはずです。「仕事ができる」と一括りにしているけど、そのタイプは違っていることを。エフェクチュエーションで明らかにされたのは、大企業で中核を担うマネジャーを務めるような優秀さと、スタートアップを成功させるような優秀さでは、行動の根本原理からして違う、ということだったのです。


エフェクチュエーションを発見したのは、インド系アメリカ人の研究者、サラス・サラスバシーです。ノーベル経済学賞に輝き、人間の意思決定を探求したハーバート・サイモンの最後の弟子のひとりです。サイモンの研究は人間の合理性の限界についてのものでしたが、これを推し進めて、不確実性が支配する世界での意思決定の実際を、2つのパターンで描いてみせたのがサラスバシーなのです。


かつて20世紀の経営学では、不確実性に対しては、最大限、何が起こるかを予測し、目的を達成するために分析的に行動していくべきだとされました。こちらはまさに、管理職が、大きな組織に安定をもたらすためのマネジメント手法です。不確実性なこの世界ではあるが、因果のメカニズムはちゃんと生きている。だから、ゴールから逆算して、いま何をすればよいか、中途で何をすればよいかという計画が立つ。このような考え方から、大企業の優れたマネジャーの思考・行動様式は、「コーゼーション」(causation:因果関係)に基づくものだとサラスバシーは位置付けました。


一方で、成功した起業家の行動パターンは決定的に違った。未来など、徹頭徹尾、予測がつかないのだとするのが彼らの前提でした。ビジネスとは完全なる不確実性の中である。ゴールから逆算するなど、意味のないことだと。なので、いま前ができるかから始めて、それを通じて未来を創っていくという態度で世界と接していました。こちらは、今できることから未来に効果を与えていくという意味で「エフェクチュエーション」(effectuation:効果を及ぼす)と名付けられています。


サラスバシーは、これを実際に大企業のマネジャーと成功した起業家のインタビューデータを収集し、厳密に分析するなかから明らかにしました。大企業のマネジャーは、多くの人の生活を預かっています。だからこそ、変化する状況のなかに、安定をもたらせるような行動をとるのです。一方、成功した起業家は、不確実性を正面から受け止めます。その中で上手に波を乗りこなそうと思えば、予測しようとするのをやめ、今できることに集中することになるのです。


表1 エフェクチュエーションとコーゼーションの違い

​エフェクチュエーション

(不確実な状況に向く)

​コーゼーション

(安定した状況に向く)

​手元の手段から考える

​最終目標から考える

​致命傷を負わないようにする

​期待利益を最大化できるようにする

​想定外を受け入れ、そこから次の機会を見つける

​想定外が起こらないように、計画立て、統制する

​外部にいるのは仲間である

​外部にいるのは競合である

​未来は自ら創る

​未来は予測する

出所:サラスバシー(2015)をもとに筆者作成

コーゼーションとエフェクチュエーションの違い・概念図

コーゼーションとエフェクチュエーションの違いを、プロセス図にして表現すれば、以下のようになります。コーゼーションは、昔から考えられてきた、一般的な事業計画のフローですね。ハーバート・サイモン流の意思決定プロセスが、ほぼこれにあたります。

これに対し、エフェクチュエーションのプロセスは、ゴールを最初に設定するわけではなく、いま、手元に何があるかから始まって、できることを考えていき、活動と目的自体をクラフトしていく様子が特徴的です。不確実で未来が読めないならば、手元にあるものから今できることを考え、活動をしていく中から新しい手段を得て、ときには新しい目的すら得ながら、道なき道を進んでいくのです。


エフェクチュエーションの5原則 ①手中の鳥の原則(Bird-in-hand)

ここまでが理論の準備編。ここからは、エフェクチュエーションを構成する5つの原則について、順に解説していきます!


エフェクチュエーション第一の原則にして、もっとも重要となるものが、「Bird-in-hand」、手中の鳥の原則です。


事業を発送していくときの起点。それが、目的からなのか、手段からなのかが、大企業マネジャーと起業家の決定的な違いなのです。

手持ちの資源から、何ができるかを考える。ただし、ここで重要なのは、「何らゴールを持たずに走る」わけではないことです。手元にあるものから、仮説的な、当座の目標を立てる。あくまでそこに向かって全力で走っていきつつも、柔軟に変更を受け入れる姿勢で進むのです。


私は誰か、何を知っているか、誰を知っているか

手持ちの資源を検討するにあたっての問いとして、サラスバシーは3つの問いを用意しています。


  1. 私は何者なのか。Who I am.

  2. 私は何を知っているのか。What I know.

  3. 私は誰を知っているのか。Who I know.

私は何者なのか、とは、自分自身が何をしたいのかをまず問い直すということです。そして次には、それを実現するために、私は何を知っている/何ができるのか。自分の内的な能力ですね。そして最後に、私は誰を知っているのか。関係資本、ソーシャルキャピタルと呼ばれるものを確認するのです。私がいま何ができるか、は、この3つに強く規定されます。これらを振り返っていくことで、いま、自分ができることを見つけ出すのです。


エフェクチュエーションの5原則 ②許容可能な損失(Affordable loss)

次なる原則は、Affordable loss、許容可能な損失と呼ばれるものですが、実はこれ、起業家研究における常識をくつがえすものであり、現在、争点となっていることです。


もともと、起業家というのは、リスクをとってチャレンジする人物、動物的な精神「アニマル・スピリット」を持っている人物だと考えられてきました。


しかし、サラスバシーの研究から明らかになったのは、起業家はむしろ致命傷を負わないように行動している、という事実。後がない起業家は、この件がコケたとしても大丈夫であると言う、許容可能な損失の範囲内で行動している。これに対し、資源豊富で、地位も保証されている大企業マネジャーのほうが、むしろ期待リターンを最大化するために、リスクをとった意思決定をしている、という研究成果が出てきたのです。


大企業のマネジャーが生きているのは、相対的に不確実性が低い世界だから、リスクを取れる。一方、起業家が生きているのは、不確実性の非常に高い世界。だからこそ、リスクを取り過ぎず、許容可能な損失の範囲内で行動するのです。


振り返ってみる。自分は、何を失っても大丈夫なのか。

では、これを確認するときには、どうすればよいか。日本の第一人者・吉田満梨先生は、「どうするか迷った時に、許容可能な損失の範囲かどうかを考えてみる(すると、たいていのことは許容可能な損失の範囲内であることに気づく)」というアプローチを提唱しています。これは一つの人生の真理かもしれません。やるべきか、やらざるべきか、迷っているときには、これをやって失敗したら自分にどういうダメージがあるか考えてみる。考えてみると、何らダメージなどないではないか、ということに、往々にして気づくのです。


何か大きいチャレンジをする場合には、ぜひ、自分にとって失ってはいけないものは何か、を整理しておきましょう。すると、あなたは様々なことに挑戦できることに、気がついてくるはずです。


エフェクチュエーション5原則 ③レモネードの原則(Lemonade)

続いては、レモネード。これは感覚的に理解してしまうほうが早いです。Lemonとは、英語のスラングで、失敗作の意味。レモンを作ってしまったら、レモネードにしてしまえばいいじゃない、ということです。


失敗したならば、そこから何かを拾って次につなげるように行動する。翻って、何かにチャレンジするなら、そこから次につながる何かが拾えるような事柄にチャレンジすべきだということにもなります。


失敗のみならず、事業活動をしていく上では様々な変化に直面します。そんな想定外の変化にも、柔軟に対応する、レモネードを作っていく精神でものごとに取り組むのです。


不確実な世界では、失敗することが当たり前。失敗してしまっても、次につなげればよい。これが、起業家の発想。


一方で、大企業マネジャーは、失敗すれば顧客にも、組織にも、大きな迷惑をかける。そのために、どうやったら失敗しないか、という点に力を入れる。


失敗前と、失敗後の、どちらにエフォートを割くか、という点が起業家と大企業マネジャーで違っているのです。


コカ・コーラは日本で全く売れず、試行錯誤のなかで市場理解を深め、缶コーヒーのジョージアやスポーツ飲料のアクエリアスなどをヒットさせて、日本の飲料業界に進出していったことはあまり知られていません。20世紀、はじめて北米に参入した本田技研は、勝負をかけた大型バイクが売れなかったものの、営業マンが自分用に載っていたスーパーカブが顧客の目に留まり、スーパーカブに柔軟にシフトすることで成功をつかみました。現代では大きな成功企業となっている会社でも、その背後ではレモネードな動き方があって、成功につながっていたのです。


エフェクチュエーション5原則 ④クレイジー・キルトの原則(Crazy-Quilt)

起業家と大企業マネジャーで根本的に違うもののひとつが、外部に関するものの見方です。私(中川)自身、両方のタイプの方々とお付き合いしてきて、この点は本当に実感します。大企業の方は、基本、外に見せたがらない。外にいるのは敵であり、そこから自分たちを守るマインドセットで仕事をしています。


一方、起業家は、ひたすら状況を開示します。よいことも、悪いことも。外にいるのは味方であり、よいことであれば繋げ、悪いことであれば外の人に助けてもらえばよいと考えるため、何でも開示してしまったほうが得だ、という発想になるのです。


後者の、起業家の外部との関わり合いの行動様式こそが「クレイジー・キルト」です。キルトとは、色々な柄の布を縫い合わせたもの。そう、様々な外部の存在を繋ぎ合わせて、何か独創的なものを作ってしまうのが、クレイジー・キルトなのです。


これによって、自分の会社の持てる能力がごく限定的であったとしても、他者の力によって大きなことを成せるようになる。たとえば、自分が一介の小規模食品メーカーだったとしても、大手小売業に売ってもらい、有力なアニメのタイアップも得て、愛好するミュージシャンが楽曲をつくり、自社製品のファンたちがいろいろなレシピを提案してくれれば、豊かな生態系ができあがり、日本中で自社商品を食べてもらえる。自分は、販売力も、マーケティング力も、企画力も持たなくても、です


このプロセスからは、自社が目指す方向の再定義も起こります。仲間の力でできることが大きく変わってくるとき、目指すべきゴールも、そのために使える手段も、何もかもが変わってくるからです。


エフェクチュエーション5原則 ⑤飛行機のパイロットの原則(Pilot-in-plane)

乱気流に飲み込まれた、あるいは機体のトラブルに直面したパイロットを想像して下さい。彼/彼女は、1時間後のことを想像しながら、行動するでしょうか。そんなことはないですね。今、自分にできることに、集中するはずですね。


ベンチャーの経営というのは、そういうものです。


この点も、大企業マネジャーと置かれている状況が大きく異なる点です。ある程度、安定している事業環境にいるなら、ずっと先の未来まで予測(フォーキャスト:Forecast)しようとする。


しかし、少し先の未来も見えないなら、いま、自分が握っている操縦桿、操作できるボタン・レバー類、手元の計器の示す数字に集中するはずです。ベンチャー企業の経営者は、まさに飛行機のパイロットなのです。


そこでは、予測するという行動は控えられ、手元の、自分がコントロールできる範囲へと意識が集中されている


この5個目の原則は、少し誤解されて世間で理解されている点でもあります。ベンチャー企業の経営者は飛行機のパイロット、この言葉が独り歩きして、「責任をもって自分事として経営しろ」という意識の問題としてとらえられがちなのです。


意識の問題ではなく、行動規範の問題です。遠くを見るのではなく、手元でコントロール可能なことにだけ集中して、そこから状況をどう打開するかを考える


フォーキャストをしようとする経営者さんは、中小企業さんでも少なくないはずです。その意味でも、状況の不確実性にこそ注目すれば、フォーキャストを立ててそれに合致するように統制しながら経営するよりも、もう少し手元の状況にこそ集中すべきだ、という行動規範として、この第5原則を学んでいただけたらと思います。


自己査定し、自分をアップデートする

さて、エフェクチュエーションを学んだうえで、あなたは次のステップとして、何をすべきか。それは、自分の行動様式・思考様式のタイプを知ることです。起業家的なのか?はたまた大企業マネジャー的なのか?


もちろん、大企業マネジャー的だから悪いとか、大企業マネジャー的だからイノベーションに挑戦すべきではないとか、そういうことではありません。


自分が、仕事をしていくうえで、どういうキャラクタなのかをまず把握したうえで、いまの仕事や、将来やりたい仕事に合わせて、適宜、思考・行動のバランスをとったり、自己のあり方をアップデートしていけばよいのです。


たとえば私:中川でいえば、正直、極端なくらいエフェクチュエーション的です。破天荒を地で行くタイプ。先の事を全く考えません。


ただ、その結果として、リスクマネジメントが上手でなくて、大きなリターンを狙って、リスクを大きくとってしまう傾向があります。そのことを理解するなら、私は自分の事業を育てていきたいなら、許容可能な損失をきちんと把握し、もう少し慎重に行動すべきだ、ということになります。


このような、自己の振り返りと、思考・行動の是正に、エフェクチュエーション/コーゼーションの理論は役に立つことでしょう。


エフェクチュエーションをもっと知りたいあなたに

以上、エフェクチュエーションの5つの原則について、解説をしてまいりました。


まだまだ日本では概念として広まっていないエフェクチュエーションですが、まさしく最新の経営学の成果として、学び、取り入れていただくことで、時代に応じた新しい経営スタイルの確立につながるはずです。


エフェクチュエーションは、日本ではもう専門家は本当に現状1人に絞られます。神戸大学の、吉田満梨先生です(あとは、エフェクチュエーションをテーマに吉田先生と共著でトップジャーナル(Technovation)に掲載させた中川くらいです笑)。


吉田満梨先生たちの翻訳による「エフェクチュエーション」翻訳書はAmazonで販売中です。大著であり、安くもないですが、学ぶ価値は大きいです。


そして、吉田先生から「エフェクチュエーション」の科目を学べるのは、神戸大・京都大・関西学院大と、そしてAPSです!誰にでも門戸が開かれたかたちで、安価に、どこからでも吉田満梨先生の講義が受けらるのはAPSだけ!吉田先生は毎年4-5月に登壇です。


エフェクチュエーションとは何か、その概要がわかる第1回のサンプル講義もこちらで公開しておりますので、ぜひこの動画でも学びつつ、APSでエフェクチュエーションを身に着けてください!

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