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執筆者の写真功一 中川

マズローの欲求段階説を深掘り解説!(モティベーションの科学2)

マズローの欲求段階説とは何か

あまりにも著名なマズローの欲求段階説。心理学者マズローが提唱した、人間の欲求が階層構造を為しており、下位の欲求が満たされれば、より上位のものを求めるようになっていく…というモデルです。階層は全部で5段階あり、下から順に、生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、尊厳欲求、自己実現欲求となっています。

皆さんもちろん、マズローの基本的な部分はご存じかと思いますので、本稿では、マズローの欲求段階説を深掘りしてみたいと思います。その歴史的意義や、マズローを継承発展させた後世のモデル、マズローの議論を踏まえた私たちの生き方などを考えていきたいと思います!


マズロー登場の、歴史的経緯

マズローが活躍したのは1950年代のことです。マズローの研究は、経営学の系譜の中に位置づけられます。20世紀は、産業社会の時代となり、西側諸国、東側諸国、それぞれで産業発展のスピードを競っていました。そんな中で、どうやったら人を動機づけて、生産的に働かせることができるかが、社会における重要問題となっていたのです。


マズロー登場以前には、まず、1911年に、産業コンサルタントのフレデリック・テーラーが、「金で動機づける」という基本モデルを提唱しました(科学的管理法と呼ばれます)。その後、1920⁻30年代に、メイヨー・レスリスバーガーによる「ホーソン工場実験」の中で、「人は人間関係によっても動機付けの状態が変わる」ことが示されました。(このあたりの歴史については、前回「モティベーションの基本」を参照ください。)


マズロー登場の前に、人はとても複雑な心理をもった生き物で、金、物理的労働条件、人間関係など、様々なものが作用して動機づけられている、ということが明らかになっていたのです。


そんな中で、戦後に登場してきた次世代の研究者たちは、総合的な動機付けの理論を構築しようとします。その筆頭格となったのが、マズローなのです。


(今回の内容の動画での解説はこちら。聞きながら読んでもらえば理解度アップ!)

マズローの欲求段階説の詳細

マズローは、これまでの動機付けの理論を整理するなかで、人の動機には、ごく動物的な低次のものと、より人間的な発達した精神のもとにある高次のものがあると考えました。そして、それらが階層をなして成立している、ということを提唱したのです。


生理的欲求

いわゆる三大欲求:食欲、性欲、睡眠欲や、排せつしたいというような、生物としての基本的欲求。


安全欲求

安全に暮らしたい、働きたいという、心身の安全さを求める欲求。


社会的欲求

社会集団に所属し、仲間や、配偶者を得たいという欲求。


承認欲求(尊厳欲求)

尊敬されたい、認められたいという欲求。


自己実現欲求

自分の願う自己になりたい、やりたいことをしたい、成し遂げたいという欲求。


マズローの理論の特徴は、まず下位のものが満たされることが必要で、それが満たされるにつれて、人はより高次の欲求を育てていく…というものです。その上で彼は、20世紀の米国社会においては、既に下位の欲求は満たされつつあるから、自己実現をこそ目指すべきだ、と主張するのです。


欲求段階説の評価

当時、マズローの主張は大きな話題となりました。その結果として、今日では動機付けの理論と言えばまず、このマズローの欲求段階説が知られています。ただし、後世からみたときに、様々に問題があり、現代では少なからず批判もされているのが実態です。


第一に言えるのは、実証的には、人の動機が階層を成していることは否定されているということです。マズロー自身も、あくまで理論モデルとして提唱したに過ぎず、厳密な実証を行っていません。階層になっているのではないか、という仮説にすぎなかったのです。


本当にこの5つで全てなのか、という問題もあります。人間はもっと多様な動機を持ちます。楽しみたいとか、怠けたいとか、もっと知りたいとか、様々な動機で私たちは生きています。


最上位に自己実現があるのは、ある種のイデオロギーである、ということも批判されます。自己実現こそが素晴らしいのだ、という道徳観・価値観が大前提にあり、本当に人は自己実現で動機づけられるのか、ということは2の次だったのです。


ちなみに、欲求段階説はピラミッド図が良く知られていますが、これはマズローが書いたものではありません。マズローの弟子たちが、師の教えを説明する中で、台形を書いたり、また別のピラミッド図を書いたりする中で、次第に現在の形に固まってきたようです。


欲求段階説を継承・発展させた理論

ともあれ、欲求段階説は大変な衝撃をもって米国社会で受け入れられました。それまで、人の働く動機についての統合的な理論が無かったわけですから、はじめて提唱された総合モデルとして、高く評価されたのです。


議論の的となるなかで、マズローの理論をより科学的に洗練させる試みが様々に行われました。そのうちの一つが、1950年代に提唱されたマグレガーのXY理論です。


マグレガーのXY理論

マグレガーも米国の研究者です。マズローの理論を受けて、それをもっとシンプルな2つの論理にまとめました。人間には、2種類の性質がある。1つは、人は本来働かされたくなどない、怠惰な生き物だとする考え方。こちらをX理論といいます。こちらの理論で人間を見れば、人を働かせるためには、命令・強制・報酬・懲罰など「アメとムチ」が求められることになります。


一方、X理論の先にあるY理論は、人間は本来、自己実現をしたい生き物であり、そのためであれば能動的に働く、とする理論です。この考え方に立つならば、人を承認してやり、仲間を与え、自主性を重んじ、大切な仕事を任せる責任感で働いてもらうことが、人を動機づけられるとしました。


マグレガーは、米国社会の発展のなかで、いまX理論からY理論へと移り変わる時期であるとし、これまでのアメとムチのスタイルから、承認・仲間・自主性へと切り替えていくべきだと論じました。


この理論も、ある種の理想論や、当時の価値観が透けて見えますね。


アルダファーのERG理論

アルダファーは、1960年代、マズローの5段階を3つにまとめたERG理論を提示します。EとはExistence、生存欲求です。賃金や労働環境、労働条件で満たされる動機です。RはRelatedness、関係欲求です。承認、尊敬、仲間など人間関係に関わる欲求がここにまとめられます。GはGrowth、成長欲求で、達成すること、創造すること、自己実現することがここにまとめられています。マズローのモデルをもっとスッキリとまとめたものです。


実証的には、ここで紹介したマズロー、マグレガー、アルダファーのうちでは、このアルダファーのERG理論が比較的に当てはまりが良かったようです。


それでもなお、現代に語り継がれるのは、マズロー

実はこの当時、アメリカでは動機付け理論の研究がたいへん盛んに行われており、ここで紹介した以外にも無数の理論が存在しています。それらの起点になったものがマズローの欲求段階説である…という意味では、マズローの学術的な貢献は非常に大きかったと言えます。いくぶん思想的な要素があり、また実証を欠いていたとしても、それほどにマズローのインパクトは大きかったのです。


その証拠に、今でもなお動機付け理論の代表格として語られるのはマズローの欲求段階説であり、経営学の枠を超えて、日本では中学生にすら教えられる「人生の指針」となっています(世界に目を向けても同様に、マズローは非常に人気の高い理論となっています)。


その理由は、動物的な動機で生きるのではなく、自己実現のために生きろというメッセージが、まさしくメッセージとして、人々に愛されているからでしょう。人間は本来どういう動機をもつのか、という実証科学の側面よりも、我々はどう生きるべきか、というある種の哲学性をもったメッセージとして、マズローは現代人の指針となっているのです。


結局、私たちの心というものは、後天的な教育でつくられます。何を正しいこととし、何を間違ったこととするのかは、あなたが生きる社会・文化・規範のもとで決まります。そのような意味で、自分の夢をもち、自己実現をして生きてほしいというマズローのメッセージが、愛好され、いまや世界中で教えられているわけです。そして、それが世界に普及した時には、マズローの説は、実証されることになるのです。


経営学をはじめとする社会科学には、常にこうした、「理論が提唱されることで、理論に沿った社会がつくられる」という側面があります。資本主義も、LGBTも同様です。


私たちがいかなる理論を受け入れるのかが、私たちの未来を創るのです。その意味で、よき理論をこそ、皆さんに学んでもらいたいと願う次第です。


(APS学長・中川功一)

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