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執筆者の写真功一 中川

人的資本とは何か。経営学者が解説!


書いた人

中川功一(APS学長・経営学者)

元・大阪大学大学院経済学研究科准教授。

「アカデミーの力を社会に」をモットーに、APS開学。YouTube「中川先生のやさしいビジネス研究」でも経営学講義や時事解説を発信中!



人的資本とは何か

人的資本(Human Capital)は、1961年、アメリカ経済学会で、会長であるSchultz教授が提唱した概念です。それまで、経済学の中では、金についても、人についても、「量」的な概念としてしか扱われてきませんでした。しかし実体としては、社会として、企業として、どういう仕事を成せるかは、人材の量よりも質こそが問われます。そこで、以後の米国の経済成長のためには、人材に投資し、量・質を総合した「人的資本」をこそ育まねばならない、と報告されたのです。


経済成長を導くのは金銭的資本のみならず、人的資本も必要になる。このような考えから、「人的”資本”」と名付けられました。人の能力の質的な要素に注目した経済学・経営学の誕生の瞬間です。


人の「力」を構成する3つの資本

その後の研究の発展の中で、人が組織の中で、社会の中で発揮できる力の源泉は大きく3つあると考えられるようになっています。第一がこの「人的資本」すなわちその人の能力です。その後、人との関わり合いもまた、個人が何を為せるかに大きな影響を与えていることが明らかになるにつれ、1990年代には、第2の資本として「関係資本」(Social Capital)が提唱されます。これは、その後、2010年代に入ってからは、どれくらい安定して、長く働けるかは、健康・健全なメンタルの下でである、という考え方が広まり、「心理資本」(Psychological capital)が注目されるようになっています。この3種類の資本をそれぞれに整えていく必要がありますが、歴史的経緯からも、現実のあなたの業務遂行能力としても、まずは人的資本を磨くことが大切になります。


人の能力とは:カッツ理論

それでは、社会で/会社で求められる人の能力とは、どのようなものでしょうか。様々な区分がありますが、広く知られているものとしてカッツ理論と呼ばれるものがあります。


カッツモデルの骨子は、人の能力は大別して3種類であるということです。


テクニカル・スキル:特定職務を遂行する能力

組織の下位でまず必要とされるスキル。すなわち、あなたのキャリアのスタートはここからです。具体的な職務を遂行する力をこそ、身に着ける必要があります。


ヒューマン・スキル:組織の中で協働する能力

人との関わり合いで発揮される能力です。いわゆるコミュニケーション能力のほか、リーダーシップ、相手を慮る力、働きかける力など。この力は組織のいかなる層でも求められるものです。人と関わることが苦手でも、一定程度、職務において不利益を被らないように、自分なりのヒューマンスキルを育むことが大切です。


コンセプチュアル・スキル:概念化してとらえる能力

大きなものごとを動かすためには、ものごとを構造化してとらえたり、経験的な法則性を理論化したり、あるいはそうした既存の理論を活用したり、抽象化・概念化するための力が求められます。経営学の各種理論も、まさにこのために存在します。


皆さんが自分の思い描くようなキャリアを進みたいと願うなら、まずはテクニカル・スキルをしっかり育てること。同時に、コンセプチュアル・スキルをじっくり高めていくこと。そして、どんな場面でも役立つ技能として、ヒューマン・スキルを身に着けていくこと。この3種のスキルをバランスよく育んでいくことが大切となるのです。


いかに人的資本を高めるか①経験学習の加速

それでは、日々の仕事のなかで、皆さんはどう人的資本を高めていけばよいでしょうか。第1は、仕事のなかでの学びの効果を高めることです。

シンプルに言えば、やって、やりっぱなしが一番損です。


なぜうまくいったのか、なぜ失敗したのか、その振り返り(省察:reflection)をする。そこから、ある種の法則性の発見や、概念化・本質抽出(概念化:Conceptualization)を行う。それを、次なる現場で実践(Practice)する(実験ともいう)。このサイクルを回すことで、テクニカル・スキルも、コンセプチュアル・スキルも磨かれていくのです。


これを、経験学習のサイクルといいます。学習理論の第一人者のひとり、アージリスが提唱したものです。

いかに人的資本を高めるか②越境学習

今日注目されている、第2の学習は、業務の外での学習です。アウェーに出ていくからこそ学べることは少なくないのです。不確実な状況、これまでの知見が活きない状況、新しい人間関係のなかでのコミュニケーションやリーダーシップ、ものごとを1から立ち上げていく必要性…それらはまさに、カッツの唱える3種のスキルを高めることに直接的な効果をもつものです。


越境の機会については、チャールズ・ハンディという米国の思想家が、1970年代には4種のワークの概念を提唱しています。


  • 有給ワーク:給与を貰って行う、あなたの通常の仕事

  • 課程ワーク:日常生活を成立させるための仕事

  • 学習・趣味ワーク:自分が楽しむために行う仕事

  • ギフトワーク:社会や、誰かのために、無償で奉仕する仕事

この4種のワークのすべてがあなたに学びを与えてくれます。すなわち、有給で行う以外のワークも、日常の仕事からすれば「越境した先」の出来事として、あなたの成長機会となるのです。


ハンディの4種のワークはまた、人生の彩り、広がりとしても大切なものとして知られています。仕事一辺倒でも人生は面白くないし、遊んでばかりでもつまらない。特に、ギフトワークがあってあなたの人生が豊かになる、という考え方は、なるほどと気づきを覚えた人も多いのではないでしょうか。


いかに人的資本を高めるか③教育プログラムへの参加

日本人は、世界的にみても稀有な、大人が学ばない国として知られています。ある統計によれば(ベネッセの2020年の調査によれば)、日本はアジアの中でも突出して学ばない国であり、アジア14か国の平均で「何も学びをしていない」人は14.3%にとどまる一方、日本は46.3%に達します。2人に1人が、何も学んでいないのです。…経済停滞の原因も、よくわかるような、気がします。


もちろん、1つだけそうした指標がある、というわけではなく、社会人大学院の学位の取得数や、読書量、勉強に割く時間など、あらゆる指標をとっても、日本は「極端に大人が学んでいない」ことが明らかになっています


仕事で必要とされる技能の幅の広がりや、社会の変化スピードが加速する中で、業務の中で全てを学び切れるような時代ではなくなりました。だからこそ今、社会人のための学びの仕組みが求められるようになっており、さまざまなサービスが登場するようにもなっているのです。


APSも、もちろん、そうした仕組みのひとつです。


願わくは、皆さんには、自分に合った学びのかたちを見つけ、継続的な学習活動に取り組んでもらいたいと思っています。


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以上、人的資本について広くレビューをしてきました。自分のキャリアを豊かに彩る意味でも、学びはとても大切です。この記事が、皆さんの学びに火をつけることができたならば、嬉しく思います!

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