記事を書いた人 中川功一(APS学長/経営学者) 元・大阪大学大学院経済学研究科准教授。「アカデミーの力を社会に」をモットーに、完全オンラインの経営スクールAPSを立ち上げる。YouTube「中川先生のやさしいビジネス研究」も好評配信中! |
知識創造の基本理論、SECIモデルとは何か?
野中郁二郎・一橋名誉教授が唱えた、日本発の経営理論。組織の中で、どのように知識が発展していくのか、その基本となるモデルとして世界的に知られます。しかし、このモデルがどのようにして生まれたのか、その本質はどういうものであったのか、意外と知られていません。この記事では、SECIモデルとは何かの基本からスタートし、事例を交えてその活用法を議論します。
ちなみにSECIは、 セキ と発音します。どう発音して良いか、悩んでいた人も多いのでは笑!
簡単に言うと
SECIとは、
Socialization(共同化)
Externalization(表出化)
Combination(連結化)
Internalization(内面化)
の4つの言葉の頭文字を並べたものです。それぞれ、組織の中の知識が、いまどういう動作をしているのか、を表した言葉です。この4つの状態を遷移させていくことで、組織内での知識が発展を遂げていく…というモデルです。
共同化(Socialization)
社会化とは、個人の知識を組織内で共有することです。一人の知識から、多数のメンバーの知識になるので、純粋に知識が使われる範囲が増えるというメリットになります。集団としての、知識の水準を高める行動です。
表出化(Externalization)
表出化では、組織の中で共有され一般化された知識を、ドキュメントとして言語化したり、映像化するなどして、誰もがわかる形に変換することです。知識が標準化され、組織としての永続性ある力となります。
連結化(Combination)
連結化とは、ドキュメント化された知識を、アーカイブとしてまとめることで、組織としての知識のストックを作り出すことです。組織メンバーは、その知識のアーカイブから自由に引き出すことができ、それを組み合わせて個人的に新しい応用をすることができます。
内部化(Internalization)
内部化は、アーカイブから組み合わせて用いた知識を、自分なりに応用して体化し、自分だけの暗黙的な知識として育てることです。個人の中で、知識が一回りの成長を遂げる瞬間です。
この4ステップを回していくことで、知識を永続的に発展させていき、組織としての競争力を高めていくことができるのです。
SECIモデルの背景
SECIモデルは上記の4ステップだけが独り歩きし、その背景となる考え方の部分が疎かになりがちです。ですが、理論を提唱した野中郁二郎教授の独創性はむしろこの4ステップが生み出されるまでの理論構築にこそあり、その理論的背景を知ることでようやくS・E・C・Iの各ステップがもつ真の意味を理解することができるようになります。
野中教授が理論を提唱する少し前。1960年代に、ポランニーという学者が、知識というものについてすぐれた洞察を提供しました。それが、形式知と暗黙知という区別です。原語化されている形式知と、言語になっていない個人としてのノウハウなどの暗黙知。実は世界は暗黙知でこそ満たされていて、その一部が形式知になっているに過ぎないとポランニーは看破したのです。
これに、もう1つ軸を入れたのが野中教授のオリジナリティです。知識というものが個人のものであるという考え方が通念であった中で、東洋的な思想を背景に、集合的に知が共有されている状態が存在する、ということを主張したのです。集合知と個人知という軸を新規提案したわけです。
この2軸を使えば、知識の状態は4つに分けられる。
個人的暗黙知:個人だけがもつ非言語的知識
集合的暗黙知:集団が共有している非言語的知識
集合的形式知:集団が共有している言語化された知識
個人的形式知:個人が独自に組み立てた、言語化された知識
この4つの状態を遷移する瞬間が、社会化、表出化、連結化、内面化なのです。
個人的暗黙知を、共同化して、集合的暗黙知にする。
集合的暗黙知を、表出化して、集合的形式知にする。
集合的形式知を、連結化して、個人的形式知にする。
個人的形式知を、内面化して、個人的暗黙知にする。
こうして、組織のなかで知識の状態がスパイラルアップしていくことで、組織は力を付けていくのです。実に鮮やかな論理だとは、思いませんか?日本だけでなく、世界中の学者がこの論理に魅せられ、SECIモデルは知識創造の基本理論としての地位を確固たるものにしたのです。
事例:東大TLO
私自身が行った研究として、東京大学の技術移転組織、東大TLO(TLOとはTechnology Licensing Organizationのこと)の事例を紹介しましょう。なお、こちらの研究成果は動画でも公開しているので、ぜひご覧になられてください。
(この研究は松橋俊彦・高田仁・中川功一・加藤浩介・松行輝昌(2021)「技術移転者の人材育成 東京大学TLOにおける事例」研究・イノベーション学会年次学術大会報告,2021年10月30日として発表されています。)
東京大学は日本でトップの技術の社会移転・社会実装を実現していますが、それは東京大学が日本トップの研究機関だからではありません。東大TLOの活動が秀でていたからです。リクルート出身の山本貴史氏の優れた組織マネジメントにより、メンバーが技術移転職務の実力を急速に高めることができていました。
そのマネジメントとは、まさにSECIモデルのお手本のようなものでした。
S(共同化)
業務の中で得た知識を、個人のものにをとどめないよう、メンターを付けるなどして情報のシェアを図るほか、ワンフロア型のオフィスレイアウトをとり、常にメンバーが情報交換をするのが自然な環境を作った。
E(表出化)
学びや技術移転活動の結果はすべてドキュメント化され、さらにはそれが会議の場で共有される。学びを以後に活かすことが徹底されていた。
C(連結化)
作成されたドキュメントはマニュアルやKPIに落とし込まれる。組織としての総合的な知がマニュアルの形で貯めこまれる。
I(内面化)
東大TLOでは、新人が積極的に自らの考えでものごとを動かしていくことが奨励される。マニュアルに学びKPIを意識しつつも、自由に発想し、フットワーク軽く行動し、自主自立で行動することが求められる。実践の中で暗黙知が育まれる。
こうしてメンバーが急速に知識水準を高めていき、技術移転組織として高いパフォーマンスを発揮していたのです。
特別なことはしていない。あるべき組織を、正しく動かすことだ。
東大TLOの事例を見て、おそらくは多くの方が「なんだ、別に普通のことだな」と思われたのではないかと思います。―そして、鋭い方は「この普通のことができるかどうかが大切なのだな」とも、気づかれたのではないかと思います。
野中教授が描き出したSECIモデルは、よき時代の日本企業の知識マネジメントそのものなのです。情報を仲間で共有し、それを会議の場などでちゃんと議論し、記録に残し、その記録をちゃんと個人が使って学習する。そこから応用して、自分なりの新たな技法を作っていく。この「(昔の)日本企業なら当たり前にやっていたこと」が、海外の企業にとっては、とても新鮮なものだったのです。だからこそ、1990年代以後、SECIモデルが海外で積極的に紹介され、海外で組織導入が図られたのです。
いま、私たちが学ぶべきは何か。―すでにその答えは、見えているはずです。組織立って、知識を育めるような場を構築しなおすこと。日本企業から生まれたSECIモデル、改めて日本企業の今を見直すためにこそ、使われるべきでしょう。
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